毒親から受け取った不要な思考パターンを手放しアダルトチルドレン脱出で親の支配から自由になれる!!

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拙書「毒父家族-親支配からの旅立ち」

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さくら舎から2015年5月11日に出版しました。

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強圧な父親の精神的支配を、いかにして乗り越えたのか?

親の呪縛から解き放され、自分自身の人生を生きる希望が
見えてくる1冊となっております。

【拙書の4つの特徴】

①初の毒父本

毒母関連の本は数多く出版されていますが、毒父の体験談については、
公に語られる機会は、ほとんどありません。男性は自身の弱みをなかなか
表だって語りたがらないのが、その背景にあると思いますが、
本書は支配的な父親に苦しめられる家族にスポットを当てた、初の毒父本です。

著者自身が毒親育ち

強圧な父親に苦しめられ、父への恐怖、母への罪悪感を抱えて生きてきた、
私自身の実体験をもとにし、親の支配を乗り越える方法をワークを盛り込むことで、
自然に学べるような構成にしております。

③脱サラ親離(しんり)カウンセラー

妻子を持ち、サラリーマンとして13年働きながら、幼い頃から父との関係に苦しみ、
アルコール依存症にも陥った私が、心理学を学び、親離(しんり)カウンセラーと
なっていくなかで、自身がトラウマを克服し、サラリーマンからカウンセラーへと
独立していく過程も描かれています。

負の家族連鎖を読者の代で断ち切れる!

毒親問題は被害者(子供)本人の問題だけではなく、次世代にも引き継がれていく
ケースはカウンセリングをしていても、深く実感しております。

このことを「世代間連鎖」言いますが、世代を超えて次世代の子供たちに連綿と
引き継がれていくのです。

なぜ公にこの問題が語られないのか?
それは日本が親のことを悪く言いうことに抵抗を感じる社会だからです。

「親は尊敬するべき」「親孝行は当たり前」

という考えが深く根付いているのです。

そのため親との問題に向き合うことに子供は必要以上に

「罪悪感」

を感じてしまいます。

その罪悪感のせいで、自分の人生を生きる1歩を踏み出せない方を
数多く見てきました。

そんな方の背中を押し、毒親やその子供だけでなく、

次世代の子供たちが笑顔で幸せな人生を生きて欲しい

そんな願いを込めました。

動画でも話してます。

■「毒父家族」の4つの特徴とは?

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読売新聞朝刊「オトナの親子」にコメント掲載

2015年9月20日(日)の読売新聞朝刊に私のコメントが
掲載されました。

19面くらし欄の「オトナの親子」という
コーナーになります。

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以下、記事を抜粋します。

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「高圧的な父 変わらない」

成人した子どもと親との関係について考える
コーナーです。

今回は、子どもの頃から高圧的な父親との関係に
悩んできた息子や娘の声を紹介します。

その悩みは、大人になっても続いているようです。

「財産目当てに来たのか。」
東京都内の会社役員の男性(57)は帰省すると、
父親(88)からいつも嫌みを言われる。
そのたびに子どもの頃を思い出す。

「飯ばかり食う。金がもったいない。出て行け」が、
父親の口癖だった。

中学の教師だった父親に、勉強を教えてもらったことがない。
「金がかかる」と、受験した高校は公立のみ。にもかかわらず
「教え子は有名私立に入ったぞ」と自慢した。

大学卒業後、20年ほど連絡を取らなかったが、今は嫌々、
年に1度は帰省する。親不幸をしているという罪悪感に
さいなまれるからだ。
「我々の世代は、親孝行が当然という意識があるからでしょうか」

滋賀県内の無職の男性(68)も、父親(93)との関係を
「しんどい」と表現する。父親は職場で長く管理職を務めた。

今も命令口調で指示し、常識外れのことでも押しつける。
元同僚で作る親睦団体の会報に掲載する原稿と写真を事務局へ
持っていけと言われ、中身を確認すると、他人が写っていた。

「許可なく載せるのはよくない」と諭しても、「俺たちの時代は
問題なかった」と、聞く耳を持たない。

女性からの投稿も目立つ。

香川県のパート女性(54)は、「あの父親の長女として生まれて
きたのが、最大の不幸」と書いた。父親は80歳。

中学の頃、アイドル雑誌を見ていると、「そんなものが試験に出るのか」
と罵倒された。友人と電話していると、「大事な電話がくるかもしれない。
早く切れ」とうるさかった。

「家族との時間を持とうとせず、一緒に楽しく過ごした記憶がありません」
今も父親は、「俺のことは放っておいてくれ」と言いながら、
母親に用事を言いつけ、思い通りにならないとなじる。
母親に気分転換してもらおうと外食に連れ出そうとしても、父親が邪魔する。

茨城県の主婦(42)は子どもの頃、父親(73)から「ダメなやつだ」
「飯が食えるのは誰のおかげだ?」などと言われ続けた。

小学生と幼稚園の子ども2人は褒めて育てようと思っているが、
どうしたらいいかわからない。
自分が褒められた記憶がないからだと思う。どなられてばかりだった
ためか、子どもにもついどなってしまい後悔する。

「どうしたらいいのか、教えてほしい」

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心理カウンセラーの井上秀人さんのもとに訪れる
相談者の半数は、強圧的な父親との関係に悩んで
いるという。小さい頃から、厳しく育てられたり、
価値観を押し付けられたり、母親への支配的な態度
を見たりしてきた例が多い。

自分の子どもには厳しく当たってはいけないと思い
すぎて、怒った後に罪悪感を抱く人もいる。
「でも全く怒らないという人はいません。怒る
自分を受け入れることも大切です」と井上さん。

父親との関係に悩む人には男性も多く、母娘関係の
悩みに比べると、目立ちにくい。弱音を見せたくない
と、胸の中にしまっているケースが多いからという。

井上さんは「親に謝らせたり、親と断絶したりしても、
満たされない思いは残る。親のことに執着しすぎず、
あくまで自分らしい生き方を目指してほしい」と助言する。

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2016年3月20日(日)の読売新聞朝刊に私のコメントが
掲載されました。

23面くらし欄の「オトナの親子」という
コーナーになります。

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以下、記事を抜粋します。

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「高圧的な父と断絶する娘」

成人した子どもと親との関係について考える
コーナーです。

今回は、父親と娘の確執を巡る声を紹介します。
老いても高圧的な父親に悩む娘がいる一方、
娘との交流が薄れて寂しがる父親の姿も垣間見えます。

千葉県の主婦(56)は、実家の父親(82)と絶縁している。

子供の頃から、父親は何事も頭ごなし。ピアノを親戚の前で
弾くように言われ、主婦が恥ずかしくて断ると、鍵盤の蓋を
縛って弾けなくした。高校時代、母親が入院中、食事を1年以上
作ったが、「こんなのおかずじゃない」と毎回けなした。

絶縁のきっかけは4年前、父親が主婦の息子のちらかった部屋を
見て、「お前とだんなが甘やかすからだ」と言ったことだ。
父親とは正反対の穏やかな夫と築いてきた家庭をけなされ、
積もり積もった怒りが爆発したという。

連絡を絶つと、父親は「大学時代の学費を返せ」と電話や手紙で
何度も要求し、家にも押しかけてきたが、主婦は無視している。
「父との関係がなくなり、平穏な日々になった」とつづる。

東京都の団体職員の女性(59)は子供の頃から、高圧的な
父親(88)の存在が負担だった。相談には「くだらない」と
乗ってくれず、部活動の費用などは「無駄だ」と出してくれなかった。
弟は父親とは合わず、結婚してから実家に帰ってこない。

父親にののしられても耐えた母親が亡くなった3年前、女性はやむなく
一人暮らしになった父親の面倒を見ることにした。毎晩、実家に行き
自宅に泊まらせることもあった。だが、父親は感謝どころか、女性の夫と
顔を合わせる度に、「ずっと面倒を見てくれるんだろうな」と迫った。

夫が精神的に追いつめられ、女性は1年で関係を絶ったという。
「もう父との関係は修復できない」とつづる。

一方、東京都の会社員の女性(46)は、支配的な父親(77)とは
かかわりたくないが、1、2か月に1度は実家に帰るようにしている。
思い通りにならないと怒る父親の性格は年とともに悪化。
車の運転は危ないと思い、免許の返納を勧めても応じない。
しかし、「大学まで出してもらった恩がある。面倒をみなければと
思う」と話す。

父親からも声が寄せられた。
和歌山県の男性(75)は「男親はつくづく損だ」とつづった。
結婚した40代の娘たち3人は、妻とは連絡を取りあっているようだが、
自分には一切、連絡がなく、寂しさを感じている。

娘の高校の入学式に妻の代わりに出席し、成人式の服を娘と
買いに行ったこともある。だが、夫婦げんかの時、娘たちは
妻の側に付いた。「大人になった今も、父親の気持ちはわからない
だろう」

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心理カウンセラーの井上秀人さんは、「高圧的な父親を持つ
娘が大人になって、父親との間にある溝がさらに深くなる例は
少なくない」と指摘する。

娘が結婚して子供が生まれ、両親に会わせるために実家に帰った
時など、変わらない父親の姿を見て、嫌悪感が再燃するからだ
という。

「娘が自分の家庭を持ち、夫の父親などど交流することで、
自分の父親の性格に気付くこともある」

娘は父親に変ってほしいと思って争い続けるか、諦めて連絡を
絶つかの両極端になりがちだ。

井上さんは「父親とのことに、こだわり過ぎているからだ。
夫や子どもと幸せな家庭を築くなど、自分の幸せに意識を
もっと向けてほしい。そうすれば、父親とのことが必要以上に
気にならなくなり、受け入れやすくなる」と助言する。

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2016年11月20日(日)の読売新聞朝刊に私のコメントが
掲載されました。

25面くらし欄の「オトナの親子」という
コーナーになります。

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以下、記事を抜粋します。

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「私を好きか聞けたなら」

成人した子どもと親の関係を考えるコーナーです。

漫画家の細川貂々さんに、5年前に亡くなった母親について
語ってもらいました。

人と上手に付き合えないといった生きづらさの原因が
母親との関係にあったことに、

最近、思い当たったといいます。

ずっと普通の母親だと思ってきました。
支配されていたのに気づかなかったのです。

結婚話を進めたのも母でした。
25歳までに結婚しろと言っていて、実際25歳の時、
交際していた男性にあいさつに行くと言い出し、

「娘をよろしく」

と頭を下げました。今の夫です。

結婚後は、「子どもを産め」。

電話のたび「まだなの」と
聞かれました。

女性が働くことには無関心でした。

結婚して1年半後、
漫画家デビューが決まったことを
伝えても「ふーん」だけ。

作品がヒットしても喜ぶ様子はなく、

「有名になると、どんなひどい 目に遭うかわからない」

と忠告してきました。

子どもに悪影響を及ぼす「毒母」という言葉がはやった時、

母に似ていると感じましたが、当てはまるとは思いませんでした。

母が憎かったことはありません。

それが覆ったのが、昨年6月頃。

仕事の依頼が途絶え、焦りを感じた時、

突然、

「だから、あなたは何もできないと言ったでしょう」

という声が聞こえた気がし、ハッとしました。

母がよく言っていた言葉でした。

子どもの頃から生きづらく感じてきたのは、母の言葉に縛られて
いたからではと気づいたのです。

「人に妬まれるから、楽しんでいる姿を見せてはいけない」
「人には自分の不幸をアピールするのがうまく生きていくコツ」

とも言われていました。

それをうのみにし、楽しんでいる人たちの輪の中に入れず、
友人にも愚痴ばかり言っていました。

人が離れ、孤立していたのはそのためだった。

自信がないのも、

「あなたは何もできない。やってあげるから何もしなくていい」

と否定されていたから。

母を呪いたい気分でした。

一方で、自分が楽しんでもいいと気づき楽になりました。

母の言葉には理由があったのだと思います。

「何もしなくていい」

は、家庭を顧みない父との関係に悩み、
私を味方にしたかったのでしょう。

本当は、

母が生きていたら、聞いてみたい。

私のことをちゃんと好きでいてくれたのかと。

ずっと生きづらさに悩んでいたのだと言えば、
本音を言ってくれる気がします。

心理カウンセラーの井上秀人さんによると、

親と離れて初めて毒親だと気付くケースは多い。
きっかけは結婚や一人暮らしがほとんどだが、死別もある。

普通だと思ってきた親子関係を、親が亡くなることで
客観的に見られるようになり、変だったことがわかるのだという。

「相手は亡くなって文句も言えず、苦しみが大きくなる。
考えないようにと思うと、かえって考えてしまい、負の感情が強まる」。

親への負の感情は、紙に書くなどして吐き出すことを勧める。

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